理事長コラム

勝負は半ばの勝ちを以て最上とする

tamura_rijicho_b ドイツの哲学者カール・レーヴィットは、東北帝大で教鞭をとり、太平洋戦争の勃発で日本を離れたが、その時次のように述べた。「近代文明にはプラス面ばかりでなく、マイナス面もある。したがってヨーロッパでは、このマイナスが生じないように約300年かけてゆっくりと近代化を進めてきた。しかし日本は明治維新以降、ヨーロッパの3倍の速さで近代化を進めている。これは大きな悲劇をもたらすであろう」と。

 残念ながら彼の洞察どおり、日本の速すぎる近代化が、戦前の「軍事ナショナリズム」をもたらし、広島と長崎の原爆という結果をもたらした。それゆえ戦後は反省して経済の復興発展を至上命令とした。しかし今度はこれが「経済ナショナリズム」に繋がり、過剰輸出をもたらしたから、1971年のスミソニアン協定により一気に1ドル360円から308円にされ、その後は恒常的に円高の更新を余儀なくされた。

 それゆえ日本も「経済ナショナリズム」から「経済グローバリズム」に方向転換したが、このグローバリズムの理念は、基本的に英米流の「自由貿易主義」の推進であるから、世界的な「弱肉強食」の論理にほかならない。また国内経済においても「可能な限りの自由主義的な市場経済」の推進である。TPPもこれらの理念に基づいている。

 このような自由主義のグローバリズムが進展すれば、国際的にも国内的にも経済格差が拡大することはここ数10年で一層はっきりとしてきた。そうした格差を告発するピケティの『21世紀の資本』が注目されるのも当然である。

 この経済格差が、人々の企業や国および世界に対する「信頼度」を弱め、社会全体のモラルの低下にもつながってきた。これと並行して今や「議会制民主主義の形骸化」「市場経済のカジノ化」「大企業の強欲経営化」など「社会システムの機能不全」も進んでいる。

 人類は多くの文明を形成し、これを崩壊させもしたが、それらの文明の崩壊はいずれも「生態系の撹乱」「社会システムの機能不全」「モラルの退廃」の3つの複合汚染であった。われわれの近代文明も、この要素を次第に重く背負いつつある。とくに「IT化」をともなう「経済のグローバル化」が進めば、同時に「テロのグローバル化」も進む。テロリストもカネも武器および情報も、簡単に国境を超えるのである。

 TPPを推進し、金融緩和を続け、GDP600兆円を目指すなどの「経済主義」は、こうした大きな文明的な歴史認識を一顧だにしない、お粗末なスローガンである。ちなみに武田信玄は「戦いにおいて最上の勝利は、半ばの勝ちである。これに反して相手を叩きのめす勝利は最悪だ」と言ったが、まさに至言である。相手を叩きのめすような「自由貿易主義」は最悪である。国際経済学者も為政者も、武田信玄に学ぶべきであろう。

 

ホームページ リニューアルに際して(2015/10記)

一般社団法人日本経済協会 理事長
早稲田大学名誉教授 経済学博士 田村正勝

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